かっこよく生きる

かっこよく生きたい。
そう思っている。
しかし、試されたときに私の本当の人間性がでる。
どんなときもそうしていられるか?
自信はない。
けれど、翁長知事がここまでの覚悟で臨んでいたのかと思うと涙が出る。
どこまでもどこまでも清く崇高な魂は決して消えない。
私も近づきたい、そう在りたいと。

おしどりまこさんが挙げてくださったので共有しましょう。


まこさんのtwitter

福島第一の動きや、水俣病調査の際の猫の実験のことなど。是非読んで!
猫バカとしては許せん。
動物実験、もう止めて。
こんなに犬猫が殺傷されるなんて、日本は尋常じゃない。


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# by stanislowski | 2018-08-15 03:56 | ある日 | Comments(0)

いいねをもらった

やっと文字に出来た子どもみたいな日記に「いいね」ボタンを押してもらった。
見知らぬ人に。
その方々は何に共感してくれたのだろうか。

私は日本語を書くとき違和感を覚えるようになった。
それは、いちいち主語を書かなくても済むからだ。
一体誰が何をどのように考え感じ意見としたのか、最後に公にする前に読み返す。それから、わざわざ「私」を入れてみる。
読者は断り書きが無くとも書き手の「本人」だと信じているだろうが、分かるようにと。

日本語でない言葉で普段話す、いつも主語によって動詞変化が起きる、一人称、二人称…
「誰が何をしたかがはっきりしてくる」
そうでない特定しない「私たち」という主語もあるが、それは「あまり使わないように」とか「うつくしくない」とか言われる。

私が外国語が上手にならないのは、体で受け入れないからだ。
「何で?どーして?」
決めてくれた誰かに素直に従っていれば薄っぺらでも頭に入ってくる。
私の中で無垢に「ABC」やたらアルファベットにした外国語がかっこよく見えた時代は過ぎ去った。
「何でABCにしなくちゃいけないんですかね?」
いちいち絡んでくる。
そして難癖を出す。
受け入れる感受性が柔軟でなく、その前に背景にある歴史を深く知りたいという欲求も少なからずあるかな。
そういう意味で母国語が土台になって人格形成に及んでくるのは言わずもがな。

こんなひとりごとなのに。
子ども日記みたいなのに。
でも、素直にイイねボタンはうれしい。

手作りヨーグルトと新鮮な手絞りオレンジジュースを作った。
これが目下、自分の中で流行ってる。
菌と食、健康な体づくり、面白過ぎる。




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# by stanislowski | 2018-08-14 15:15 | ある日 | Comments(0)

近ごろのこと

近ごろ腑抜けなやつが多い。
いや、そうではなくて腑抜けと自覚していない。

翁沖縄県知事が永い眠りについた。
やり切れない感情が沸いて来る。

先日、子どもと初めて高畑監督の「火垂るの墓」を観た。
昨年は「この世界の片隅に」を観た。
子どもの率直な印象では、「火垂るの墓」の方が悲しいと言う。
何がそう思わせたのか?
発達過程において子どもの言葉ではまだそれを言い表すことは出来なかったが、気になるところだ。

「この世界の片隅に」を忘れるのに半年掛かったと言った。
セツコとセイタはまだまだ掛かりそう。

でも。「忘れることも出来る」のかと思った。

これは主観たっっぷりの私ならではだが、
ある沖縄出身の人気インスタグラマーさん。
岸信介氏の旧邸宅を訪れ、その建築の趣に感嘆し写真を並べてたよ。

昔の所有者と建築と沖縄出身と分けなくちゃ行けないかもしれないが、
私はやはりそれとこれと分けられないので苦しむ。
「なぜ沖縄出身のひとがこれを言う?」ってね。

でも。これが人生ってことなのか。

人ってぬけてるし、忘れっぽいし。
わるいところといいところは一緒なんだな。

不思議だけど、憎まれっ子世に憚るって普遍なのね。

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インプットとアウトプットが出来ずにいます。
適当な日本語に直すと、挿入と送出?もっといい言葉があったら教えてください。
最近の私は頑固になってきて、日本語でなるべく言いたいのに、それが出てこず、
こんな簡単な日本語ですら外国語に侵食されて私の頭の中は貧しくなってきています。
だからますますブログ記事も書けないで遠ざかる。

本をじっくり読まないし、
私の仕事は単純作業が多いし、
ここでは独りでいることのほうが多いし、
言語が痩せ劣るわけです。
それを最近は寂しいとも思わなくなって、
音符の加線を読むのにも時間が掛かりすぎるなぁ。。。
脳の劣化が著しい。

だらしなくなるのに一秒も掛からないのに、
良くなるのには気が遠くなるぐらい永い永い時間を要する。


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# by stanislowski | 2018-08-13 15:56 | 考えごと | Comments(0)
ここんところ書く気が失せています。
もともと難しいことをソースから引っ張ってきて考察論理立てなんて書けないし、
その情報を得る語学力も未熟で考えているうちに、理解しているうちに、その情報はもう古くなり、「もういっか」ってな感じ。

悩み考え考えてきた福島のこと、それを何とかしたいとPCの前に座り時間や気持ちを引っ張られて自分の脚で動くことが疎かになっていました。
私も自身の健康問題を考えないといけない、20代の感覚のままいではいけない現実を突きつけられて、「ハタ」と、思いました。

忘れたいわけでも忘れているわけでもない。
けれど。
目の前にいる若い人と一緒に海や山や川、昆虫、鳥などなど自然をもっともっと体験したいとうのが本音です。

数日前に電車で子どもと海に行きました。
波乗り!スリルがあり、おもしろくて止められなかった。
対照的に昨日は「アクアランド」なる、人工的遊園地に行きました。(滑り台に水が流れスピードが出るよう勾配やカーブがつけてある)

私の危険度に向き合う気持ちの整え方が全然違うことに気付きました。

大西洋の波にさらわれまいと、自然を畏れながらダイナミックにいるのと、
身体を硬くしてボブスレーのような狭い滑り台に身を置くのと、
危険が伴うのはどちらもなんだけど何かが違う。

きれい事のように思ってもいいよ。
一対一。
丸腰で向かう生きることへの真剣度。
それが格段に違っているような。
さらわれたらもう終わり。
だから自然を知らないで成長すると、人格が弱かったり緩んだり偏ったり歪んだりするのかも。

そんなわけ。
交流のある方々のブログは読んでいるのですが、きちんとコメントしようと思うと私にとってものすごく時間をとられてしまうので、コメントを残さなくなりました。
PCの前にばかりいないで生活リズムのメリハリをつけるようにしています。

夏休みに入りインスタやyoutubeに釘付けになっている子どもをいかにそれから離すか。
私も歳なのと一人っ子はどうも手もち無沙汰でそれに頼ってしまうときも有りますが、なんとか。。。

情報収集する時間と、体ごと五感を研ぎ澄まし動く時間と、
きっちり分けて活き活き暮らしたい。

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# by stanislowski | 2018-07-07 03:23 | ある日 | Comments(0)
自分の暮らしの安心・安全は自分で考えて決めたいですよね。
そのための情報開示は非常に重要。

新潟県知事選は現政権賛否への試金石となるという。
私は自分をはじめ生きている人間として現政権には「否」を言いたい。
安心して暮らせるような気がしない。

祈りも思いも込めて声援を送る!

浪江の集団訴訟のことも知ってくださいね。
原告団が判決が出る前に亡くなっているのですよ。
原発はもうごめん。
そして、集団でなく分裂させるのがあちらの狙いです。

私たちは小さきことで争ってはなりません。(と、肝に銘じる)





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# by stanislowski | 2018-06-03 21:36 | ダメダメ原発 | Comments(0)