やるか、やらないか、それだけ。

味噌を仕込んだのでそれで味噌汁を作りました。
うまい。
作り方の写真と解説を見ながら初めて作った手前味噌。

知らなかった。
当たり前すぎた味噌の存在。

自分で出来た事のささやかな達成感と、豆がこんなにも我が食生活に必須であったこと。

手軽に出来る、だからその元は厳選したい。
遺伝子組み換えなんて言葉、いつから出てきたんだろう。恐ろしすぎる。

私にとって当たり前すぎる和食。
だから丁寧に心をこめてお料理したい。
命を守る食に甘い言葉は似合わない。

とくに、味噌汁、だしの域は自分を叱咤するように辰巳先生の本を見る。
”だし汁をひくことは、むずかしいことでない。やるか、やらないか、それだけ”と、先生は言う。

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最近の私は、この言葉を頭に置く。
何をするにも億劫で腰が重い、そんなとき、「やるか、やらないか」。
あの議員に反対の意見を言うか、言わないか。

私は私の信念とスタイルを持って生き生きしていたい。

大人素敵女子でファッショナブルは背が低い私には無理だし。
女子会じゃなくて婦人会でいきたい。

テーマは日々の暮らし。

ドレスコード、清潔で品位があること。
背筋を真っ直ぐ伸ばして歩く。
人生に言い訳はしたくない。
きちんとした日本語を読み書きし、季節の移り変わり、自然を主とした日本文化にきちんと向き合う。

教育を受けて個人が幸福である事が大切。
理系だとか文化系の区別もしたくない。
そこに何の意味があるの?
理系の方が優位なの?

味噌から別な方に行ってしまったのですが、
私は頭でっかちになれるほど論理的でもないし、それが得意だとか論理が達つひとほど疑ってかかる。
ちょっと前までは論理的でない自分に引け目を感じてました。
要は、外国暮らしで人種の坩堝で生きるにはそうならなくちゃ、との気負いがありました。

もう、そんなのいい。
私とした個人がしっかり息づいていればいい。

「あーだら、こーだら」言い過ぎる人とは合わないの。
自然の恵を受けながら、自分も自然の一部と感じながら生きていきたい。
それだけ。

原発は止めてほしい。
安保法は廃止してほしい。
平和ボケしていられた、日本語だけで暮らしてこられた事の恩恵を今改めて思う。

豆、味噌から。
by stanislowski | 2015-09-29 16:43 | 甘く優しいこと