抑制と欲望

私も自然の一部と認識し生かされていると思う。
金属ではなくいつか土に還るものだと。
その上で、今日、家庭菜園をしながら共存ではなく駆除している害虫やナメクジ。
文字にするとおぞましい印象が有ります、が、その方法を明らかすると、”殺す”ということです。

この粘着力のある粘々さはのどの痛みに効く聞きましたが、本当のところはどうなんでしょう。
生きたまま飲む。試す勇気も無いので…

「無農薬の野菜や原種の種を用いた野菜を食べたいね」ということ、
幸い、家庭菜園をする空間面積、時間もあるので育てていますが、
発芽した頃にナメクジに食べられてしまうことが多いので朝夕畑周りを見回りし駆除しています。

後ろめたさや畏れがあるのは言わずもがな。
そうして生かされていることに思いを馳せるのみです。

我が家の土壌はタチアオイの生長に適しているようで、放っておいてもこぼれ種でワシワシ芽が出てくる。
奥会津のあるところでは「デンバラムシの花」と呼んでいるそう。
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昨日、Yahooのトップで、埼玉、秩父の農業施設の女性が、抱き合っているような変形した大根と一緒に写真に納まっていた。見ようによっては誇らしげに。
 こんなニュースを読むたびに私は無邪気ではいられない。
彼の事故の影響がなければよいがな。

引きずり過ぎると生きにくくなる。
拘りと忘れたほうが楽の境界線、
芸術・文化を創造するエネルギーとか無駄とかの境界線、倫理はどこに?どう考える?

今朝の夫の、廉価チェーン店での買い物は控えてなるべく手作りや個人商店で買おうという実直な提案に、
あまり青臭くて、(いや、諦め感がある私より遥かに意識が高いのだが)白けてしまった。
その意義は過剰に生産しない、消費しない、必要な分だけ、プラスチックごみを減らす、ということを自ら示したいということなのだけれど。女性としての楽しみも私は忘れていないから、反発したくなったのか?!

例えば、日本の四季を彩る食卓には複数の食器を用いる。
小さな小鉢や絵柄の皿、お椀、季節を味わう繊細な感覚があっての芸術文化。
色合わせだって気温や季節を考慮している。
本音を言えばもう少し増やしたいが、「同じようなものをまた買ったの?」と、言われるから抑え気味だ。
無駄をしないと言う名目でいえば夫の国の文化は丸。
春夏秋冬白いひと皿に主食、主菜、付け合せ全部盛った、アスパラガスの季節を抜いて、年中、同じようなメニュウ。
夫の家族との食事は情緒が無い。

無駄と暮らしを彩るのバランス。
何に重きを置くか、優先させるか、ストレスを抱えず暮らしていくかが大事なのは分かる。
小さなことに拘り考え過ぎて疲れさせているのは自分かなぁ。

ことあるごとにつまらないと思ってしまう近頃。
いかん。いかん。





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Commented by cocomerita at 2017-06-07 20:16
ciao stanislowskiさん
うちも家庭菜園やってます
昨日もキュウリの赤ちゃん見つけて大喜びしたばかり
可愛いのなんのって、、
だから自然大事に食べるようになりますね
虫が喰ったところもそこだけ切って残りを食べる
雑草は 私は抜かない主義なんです
ナメクジねえ、
カタツムリは食べるけど ナメクジは食べれないのかしらね
カタツムリ食べず嫌いだったんですけど 東京で食べて すっごく美味しかったので 好きになりました

この間友人と話したんですが
こっちは野菜が安過ぎ
その裏に 不当な就労があるだろうから、安い野菜は買わないようにしようと言った人がいて、、
でも じゃあスーパーで売られてる高めの野菜の裏には不当就労がないかと言えば、そんなのはわからないわけで、
スーパーのチェーン店が儲けてるだけかもしれず、、
肉も安過ぎて動物が気の毒で仕方ないんですよ
食べるなとは言わないけれど もう少し高かったら もっとみんな大事に食べないかなあと思うのです

拘りは性格で こればっかりは治せないかもねー苦笑
私も拘りにかけては天下一品で 皆に変わってるよね と呆れられます
拘りとさ 情って ペアになってる気がします
だから これまた仕方ないよね、、と 苦笑

一月にブログ繋がりのドイツに住んでいる日本人の方がご主人と遊びに来られ、話しても話しても話しの尽きないこと!
日本人同士の それも海外に棲みきってる人でないとわからないことってありますよね
stanlowskiさんとも一度お目にかかったら おしゃべりが尽きない気がします ははは
Commented by stanislowski at 2017-06-08 16:40
> cocomeritaさん
こんにちは。私が昔から肉はあまり好きじゃないこともあって食べる機会は少ないです。そし食べるならBIOの肉屋さんで、おそらく野原や飼育舎で幸福に生きたであろう牛、豚、鶏の肉を買うように努めています。廉価の裏に不当な就労やGMO、酷い環境の問題が潜んでいる事に気づいたから。モンサントって夫は早くから知っていた。平和に健康に他の領域を侵さずに生きて行きたいと願うなら出会う道は似てくる。
日本に居た若かりし頃はファッションに夢中だったし、「NYの仕事が出来て文化教養があって人脈があって」野心もあったし、そんなイメージがカッコいいと思ってた。消費も浪費もした。一度そこを通らないと理解できない、私は経験しないと分からないタイプです。(頭の回転が鈍いのよ)

拘りと情って、ああそうかも。じゅんこさんは情が厚い。誇りあるひとりの日本人。真の日本人。人望も情熱もあるとお見受けしました。私は現地語が流暢でない分、責任を持ちたくないというようになってしまいました。例えば、事故に遭ったとして一人で示談する、出来る勇気も自信がないってね。何か物事を初めから終わりまでひとりでこなす自信がない。。。だから畑と家事に引き篭もり。

猫ばかは天下一品よ!猫のためなら(あっ、我が子もね)どこで生きていても泥臭くなれる。
EUで常に緊張して生きているけど、動物に対しての対応はこちらの方が好きだな。
猫と一緒で信頼した相手には曝け出せるので、だからそれまでは警戒心はかなり強いですが、EUでも日本でも形式に囚われない人間味のあるところに惹かれ流れていきます~。
Commented by haru_rara at 2017-06-08 19:59
来月は「虫送り」。「デンバラ虫の花」を飾った大きな虫かごに、子どもたちが集めてきた「害虫」を入れ、村はずれまで担いでいって、燃やします。
残酷な行事なのかもしれません。
が、人間が生きていくために農作物を育てるのなら、それを食べる虫はどうしても「害」になってしまう。
あの温泉のある地区では、秋に「虫供養」をしています。
虫送りをする一方、供養もする、都合いいと言ったらそれま
でですが、どちらも必要とするのが人間なんでしょうね。

わが家はご主人様のお国とおんなじ!
バアの老いの進みに合わせて、お皿を1枚にしたんですよ。
夫も私も同じにして。味気ないことではありますが、片付けは楽です^^
Commented by stanislowski at 2017-06-09 16:33
> haru_raraさん
仰るとおり。虫送りも虫供養もしているのは生きて行くため。他の命を貰っていることを忘れてはならないと。でも人間は忘れることが出来るから生きていけるのですね。。。

ワンプレートの利便性、配膳も片付けも楽。我が母にも使用しています。介護している身にはそれがよく分かります。
だからこその!時間を掛けないと実らない、その過程、手を掛けた後の成果・仕事を子どもには見せないとと、自分に言い聞かせます。そこに息づく暮らしの在り方を特に。

そちらはいい季節でしょうか?虫送りはいつか見て見たいな。

by stanislowski | 2017-06-04 22:57 | 考えごと | Comments(4)