先輩に習う
2025年 06月 04日
今日も佐平次さんのブログを読んで朝が始まる!(しつこくいつも書いてすみません。だって好きなんだモン)
私にとっては国鉄繋がり。(私は何も国鉄のために働いてはいませし、非常に烏滸がましくて先輩に無礼なのではありますが)
懐かしい国鉄風景を思い出し感傷的になります。
地元駅の赤帽の窓口へ風呂敷包みを背負い、東京や地方へ行く誰かのために布団一式を出しに行った父母。
切符を、あの何というのでしょう?陳列棚?というか上から滑り取り出すような切符売り場の制服をきちんと来た職員さん。
駅長さんは奥の、冬なら「しゅんしゅん」と、やかんが置いてある丸灯油ストーブの前に座り、もしかしたら、そのほんのちょっと前なら石炭ストーブだったかしら。
さらに、昔を語り、「富塚」お名前が出ると、あの時代、選挙運動や労働者の権利のために働いた人々を思い出し、子どもながらに一緒に闘ったような記憶が甦ります。
還暦間近で諦め気味だった私は、ほんの少し、ささやかでもお金を頂ける働きをすることができて満足しております。
色々ありますが、多くの先輩方の言葉と背中を見つめ、苦しい時は言い聞かせます。
松川事件を追った廣津和郎のことばを。(スンズロは理解できない。無理だね)
博識な先輩方に学んで、
私も自ら学ぶ。
ゴーリキの短編、早速、注文しました。
懐かしい国鉄の駅のことを書いていただいて、嬉しいです。
出札掛は駅の花形で、町のおばあちゃんや子供たちといろんな話もしたのですよ(田舎では)。
「寒くなったなし」「んだんだ」とか「おじいちゃん、その後元気かい」「おかげさまでなあ」なんて。
私が勤務したのが東北だったせいか、ストーブはコークスを焚くところが多かったような気がします。
だんだん石油に代わりましたけど。
出札掛は駅の花形で、町のおばあちゃんや子供たちといろんな話もしたのですよ(田舎では)。
「寒くなったなし」「んだんだ」とか「おじいちゃん、その後元気かい」「おかげさまでなあ」なんて。
私が勤務したのが東北だったせいか、ストーブはコークスを焚くところが多かったような気がします。
だんだん石油に代わりましたけど。
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> saheizi-inokoriさん
出札掛と言うのでしたか!あの興味深い切符の出札の棚。どのように補充したのかな?
とか、固い紙にアラビア文字で書かれた数字がとてもうつくしかったです。
窓口はやっぱり花形なのですね。
鉄道って、夢があって、劇的で。あの時代をもう一度味わってみたい。
未知なところへ旅立つところ、そして帰ってくるところ。
出札掛と言うのでしたか!あの興味深い切符の出札の棚。どのように補充したのかな?
とか、固い紙にアラビア文字で書かれた数字がとてもうつくしかったです。
窓口はやっぱり花形なのですね。
鉄道って、夢があって、劇的で。あの時代をもう一度味わってみたい。
未知なところへ旅立つところ、そして帰ってくるところ。
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パスワード間違えていないのに....
パスワード間違えていないのに....
by stanislowski
| 2025-06-04 16:55
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Comments(3)

